素人フィリピーナ編 ジャピーノ・ストーリー

貧困生活しているある素人フィリピーナとの出会い。

2017/04/14

皆の諸君、久しぶりである。

 

最近、怠け者のジャピーノなのだ。

 

今回は、少し面倒だが重い腰を上げて、
貧困生活をしているある素人フィリピーナとの
出会い話を伝えよう。

 

その素人フィリピーナとの出会いは、約2年前になる。

 

フィリピン人の男友達の紹介で知り合った。

 

彼とは、もう7年の長い付き合いである。

 

 

そのフィリピーナが住んでいるエリアは、
カランバと云ってフィリピンの歴史上の
人物であるホセリサールの古里だ。

 

そして、温泉街でもありリゾート地として多くの観光客を集めている。

 

しかし、貧困生活をしている人達もだくさんいるのだ。

 

 

マニラからは車で約2時間かかる。

 

ジャピーノの友達は、
わざわざ彼女を紹介するために、同行してくれた。

 

待ち合わせ場所は、モールオブアジア(東南アジア最大ショッピングモール)。

 

待ち合わせ時間をお昼頃に設定して、
フィリピンタイムに巻き込まれることなく、
時間通りに合うことができた。

 

 

見た瞬間、ジャピーノのタイプである。( ̄― ̄)ニヤリ

と云うのもその友達はジャピーノのタイプを知っている。

 

そんなフィリピーナが現れるたびに紹介してくれるのだ。

 

一つネックなのは、そのフィリピーナが貧困生活を
送っていることだけだ。

 

それはさておき、ジャピーノも含め、二人も腹ペコだ。

 

見栄を張ることなく、牛丼の吉野家で昼食を済ます。

 

 

当然、ジャピーノのおごりだ。

 

彼女はモールオブアジアへ来ることも日本食を食べるのも初めてだった。

 

純粋である。

 

彼女の仕事は、2交代制の工場で部品加工をしている。

 

日給は300ペソほど(当時日本円で約600円)

 

職に就けるだけいいだろう。

 

両親と姉二人とその姉達の子供3人と暮らしている。

 

父親はジプニーの運転手、母親と姉達は何もしていない。

 

そう、いわゆる貧困家庭で育ったフィリピーナである。

 

父親と彼女の稼ぎで家族を支えているのだ。

 

この家庭は、まだましなほうである。

 

 

フィリピンでは、両親も兄弟も働かず、一人のフィリピーナが大家族を
支えているケースがたくさんあるからだ。

 

話を戻し、昼食後、スターバックスでコーヒーを飲みながら、
彼女と会話をする。

 

あまり彼女は英語を話せない。

 

田舎には英語を話せないフィリピン人が結構多い。

 

なかなか意思疎通ができないまま別れの時間をむかえた。

 

 

つづく。。。。。

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